芸術とマルチチュード
議論セル企画座談【3月30日(日)13時〜14時半】
アントニオ・ネグリ/田中泯(ダンサー)/川俣正(美術家)/高嶺格(美術家)/宇野邦一(現代思想)
司会=廣瀬純(龍谷大学教員)
「芸術は人間の全運動を先取りする。芸術とは、構成する力であり、革命の力なのだ。」A・ネグリ『芸術とマルチチュード』
「社会体に組み込まれているとはいえ芸術は、自らを支えるものとしては自分しかもっていません。これは生み出された作品はすべて二重の目的をもつからです。一方で作品は、社会的ネットワーク内に挿入されることを目指し、社会はそれを受け入れるか打ち捨てるかになります。もう一方で作品は、芸術の宇宙を、まさに自ら崩れおちるというおそれの下にある限りで讃えようとするのです。」F・ガタリ『カオスモーズ』
大ラウンド・テーブル「マルチチュードか、プレカリアートか?」── この国の「路上」からトニ・ネグリを歓待する
議論セル企画シンポジウム【3月30日(日)15時〜19時】
アントニオ・ネグリ/矢部史郎(No G8 Action)/ナスビ(山谷労働者福祉会館)/小田マサノリ(イルコモンズ)/平沢剛(映画研究)/成田圭祐(IRA)/ ECD(ラッパー、作家)/足立正生(映画監督)/松本哉(素人の乱)/山口素明(フリーター全般労組)/小野俊彦(フリーターユニオン福岡)/水島一憲(大阪産業大学教授)/廣瀬純(龍谷大学教員)/白石嘉治(上智大学非常勤講師)/田崎英明(立教大学教授)/毛利嘉孝(東京藝術大学准教授)/杉村昌昭(龍谷大学教授)/山の手緑(予定)/小川てつオ&武盾一郎(246表現者会議)/RLL(Culture Jammer)/木幡和枝(アート・プロデューサー)/松本麻里/海妻径子(岩手大学准教授)ほか無数の有象無象
コーディネーター:平井玄(文化活動家、東京藝術大学非常勤講師)
■トニ・ネグリは、パドヴァの、ミラノの、パリの路上で思考してきた思想家である。
彼の言葉には、砂埃のざらつきや催涙弾の臭いが染みついている。私たちは、だから彼をまずこの街の「路上」の騒めきの中に案内したい。そこからこそ、彼と私たちの間で「言葉」が立ち上がってくるだろう。ネグリを歓待するとは、このことである。
■敢えて、カテゴリーを混同する。
「マルチチュード」とは、資本による全面的な生の包摂の只中から湧き上がる存在論的な抵抗の主観性のこと。すべての人間たちにそうした巨大な潜勢力がある、とネグリは言う。「プレカリアート」とは、資本によって流動する不安定な「貧」に投げ込まれた者たちが、怒りの中からその流動性、不安定性を武器にして起ち上がる敵対性のこと。貧困層がますます増大しているこの国では、マルチチュードの底に蠢いている者たちがいる。 この二つの概念を並列するのは、明らかに捩じれたカテゴリーの混乱である。しかしカオスこそ、すべての力の源泉である。だから敢えて、この「混乱」の真只中から思考しよう。
■ネグリ的「帝国」は旧大日本帝国の視えない壁にブロックされている。
いったい「マルチチュード」は、この国のどこにいるのか?そして、サルコジのフランスもメルケルのドイツも、この「混乱」の方向に向かっているのではないだろうか?
「フリーター」という日本語が、そのままヨーロッパを徘徊しようとしている今、[貧]と[戦]と[共]──3つの言葉をめぐって、討論の渦を巻き起こしたい。
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