マルチチュードについて ─ネグリ選集─
マルチチュードは新たな<帝国>的主権の内側から姿を現し、さらにその彼方を指向する。マルチチュードは<帝国>をくぐり抜けて、オルタナティブなグローバル社会の創出へと向かおうとしている。近代のブルジョアがその秩序を強固にするために新たな主権に頼らざるをえなかったのに対し、マルチチュードによるポストモダン革命は、<帝国>的主権のさらにその先までを視野に入れるのだ。マルチチュードはブルジョアジーやその他の排他的・限定的な階級形成とは対照的に、自律的に社会を形づくる能力をもつ。これこそが──本書で明らかにするとおり──マルチチュードによる民主主義の可能性の中心をなすものなのである。1
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ここで、マルチチュードの政治的方向性についても、最初の見取り図を描いておこう(これは第三部で行う分析の結論をごく簡単に先取りするものである)。今日のもっとも生産的な抵抗運動と並んで、近代の抵抗闘争や解放運動を導いてきた主要な力を根底的に突き動かしているのは、貧困や悲惨さに抗する闘いだけではなく、民主主義──自由と平等からなる多様な関係にもとづく全員による全員の支配という、真の意味での民主主義──に対する奥深い欲望である。2
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まず最初にマルチチュードという概念をもっとも一般的で抽象的な形で理解するために、人民(ビーブル)という概念と対比してみることにしよう。人民は<一>である。人びとの集まりが多数の異なる個人や階級からなることはいうまでもないが、人民という概念はこれらの社会的差異をひとつの同一性へと統合ないしは還元する。これに対してマルチチュードは統一化されることなく、あくまで複数の多様な存在であり続けるのだ。だからこそこれまでの政治哲学の支配的な潮流は、人民は主権権力として自ら統治できるが、マルチチュードはそのようにはできない、と主張してきたのである。マルチチュードは一群の特異性からなる。ここで私たちの言う特異性とは、その差異が決して同じものに還元できない社会的主体、差異であり続ける差異を意味する。他方、人民を構成する要素はひとつに統一され、互いに差異のないものとなる。それらの要素は互いの差異を否定したり、無効にすることによって、同一的なものとなるのだ。このように、マルチチュードを構成する複数の特異性は、人民を構成する差異を排除した統一性とは明確な対照をなすのである。3
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マルチチュードは、特異性同士が共有するものにもとづいて行動する、能動的な社会的主体である。マルチチュードは内的に異なる多数多様な社会的主体であり、その構成と行動は同一性や統一性(ましてや無差異性)ではなく、それが共有しているものにもとづいているのだ。4
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マルチチュードはあくまで多数多様なものであり、内部に差異をはらみはするものの、ともに行動することができ、それによって自らを統治することができるのである。マルチチュードは、指令を下す一者とそれに従うその他大勢からなる政治的身体ではなく、自己を統治することのできる生きた<肉>なのだ。5
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マルチチュードこそが、民主主義──すなわち全員による全員の支配──を実現することのできる唯一の社会的主体なのだ。言いかえれば、ここにはとてつもなく大きなものがかかっているのである。6
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マルチチュードの概念のようなものがこれまで長年にわたり、フェミニズムや反人種差別の政治という強力な風潮の一部だったことを認識することも有益である。人種やジェンダーによって権力の階層秩序が決定されることのない世界、さまざまな差異が差異として自由に自らを表現するような世界を望むのだと私たちが言うとき、それはマルチチュードを求める欲望と重なる。7
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社会経済的な観点から見れば、マルチチュードとは<共>的な労働主体であり、言いかえればポストモダン的生産の現実的な<肉>である。と同時にそれは、集合的資本がグローバルな発展を推進する身体[=集団]に変質させようともくろむ対象でもある。国家がマルチチュードを人民に仕立て上げようとするように、資本はマルチチュードを有機的な統一性に仕立て上げようとするのだ。労働にまつわるさまざまな闘争を通じて、真に生産的な生政治的形象としてのマルチチュードが立ち現れるのは、まさにここである。8
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マルチチュードの<肉>が囚われの身となり、グローバル資本の身体に変質させられるとき、それは資本主義的なグローバル化のプロセスの内部にありながら、それに抗うものとなる。マルチチュードによる生政治的生産は、それが共に分かち合うものや共に生産するものを集結し、グローバル資本という<帝国>の権力に立ち向かおうとする傾向をもつ。やがてマルチチュードは<共>にもとづく生産の形象を発現させ、<帝国>のなかを通り抜けて反対側へと突き抜けることだろう。そして自らを自律的に表現し、自らを統治するようになるのだ。9
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マルチチュードの概念はある意味で、経済的階級理論にとって統一性か多様性かという二者択一は不必要だということを裏づけているともいえる。マルチチュードとはそれ以上縮減できない多種多様性であり、マルチチュードを構成する特異な社会的差異は、常に表現されなければならず、決して統一体や同一性、無差異性に平板化することはできない。しかもマルチチュードは、断片的でバラバラに散らばった多数多様性ではないのだ。10
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マルチチュードの概念の二つ目の側面は、階級闘争というマルクスの政治的プロジェクトをふたたび提起する点にある。この観点から見たマルチチュードは、現在ある経験的存在としての階級というより、その可能性の条件に立脚する。言いかえれば、ここでの問いは、「マルチチュードとは何か?」ではなく、「マルチチュードは何になることができるか?」なのだ。11
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マルチチュードはプロレタリアートの概念に、資本の支配のもとで労働し生産するすべての人びとというもっとも包括的な定義を与える。こうしたマルチチュードの概念とその政治的プロジェクトの妥当性を示すためには、かつて労働を分断していた種類の違いはもはや通用しないことを実証しなければならない。言いかえればそれは、さまざまな型式の労働にとって、互いにコミュニケートしあい、協同し、<共>になるための条件が現に存在するということである。12
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非ヨーロッパ的な観点から見たグローバルなマルチチュードとは、あまたの特異性が、互いに分ちもつ<共>、自らが生み出す<共>を基盤にして結びついた開かれたネットワークだといえる。ヨーロッパという規準に照らして世界をみる見方をやめるのは誰にとっても容易なことではない。だがマルチチュードの概念はそれを私たちに求めている。このやりがいのある課題に正面から取り組もうではないか。13
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貧者の生活や活動を丹念に見れば見るほど、彼らがどれだけ創造性に富み、力にあふれているか、そしてこれから明らかにするように、彼らが社会的および生政治的な生産の一部分であることが見えてくる。貧者がますます社会的生産のプロセスに組み込まれているかぎりにおいて、彼らは、他のすべての伝統的な労働者階級とともに、<共>的状態への参加者となりつつあり、ゆえに潜勢的にはマルチチュードの一部なのである。14
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このようにして私たちは、貧困の地獄と苦難に満ちた旅のなかから、マルチチュードという形象の輪郭が少しずつ浮かび上がってくるさまを、すでに目にしている。いくつもの言語が混じり合い相互に作用することでひとつの統一的な言語が生まれるのではなく、特異性の集合としてのマルチチュードのただなかにコミュニケーションと恊働からなる<共>的な力が生まれるのである。15
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今日、知識や情報から、コミュニケーション・ネットワーク、情動的関係性、遺伝子コード、自然資源にいたる多種多様なものを対象にした私有化には、明らかにバロック的な、新たな封建制のにおいがつきまとう。増大しつつあるマルチチュードの生政治的な生産性は、私的領有化のプロセスによって阻害され、弱体化させられているのだ。16
- 「序 共にある生──グローバル民主主義に向けて」マルチチュード(上)<帝国>時代の戦争と民主主義 幾島幸子訳 NHKブックス p. 25 [↩]
- 「1 - 3 抵抗の系譜 抵抗の系譜における三原則」マルチチュード(上) p. 127 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) p. 171 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) p. 172 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) pp. 172 - 173 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) p. 173 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) pp. 173 - 174 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) p. 174 [↩]
- 「第二部 マルチチュード」マルチチュード(上) p. 174 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-1 <危険な階級>はいかに構成されるか マルチチュードの成立条件」マルチチュード(上) p. 180 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-1 <危険な階級>はいかに構成されるか マルチチュードの成立条件」マルチチュード(上) p. 181 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-1 <危険な階級>はいかに構成されるか 拡張的・包括的な階級定義」マルチチュード(上) p. 183 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-1 <危険な階級>はいかに構成されるか インドを旅した二人のイタリア人」マルチチュード(上) p. 216 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-1 <危険な階級>はいかに構成されるか 貧者の豊かさ」マルチチュード(上) p. 217 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-1 <危険な階級>はいかに構成されるか 労働組合をどう変革すべきか」マルチチュード(上) p. 230 [↩]
- 「第二部 マルチチュード 2-2 グローバル資本という身体 非物質的所有権を支える論理」マルチチュード(上) p. 301 [↩]



