シュンポシオン — マルチチュード響宴への呼びかけ
マルチチュード・アート&ディスカッション・ミーティング
@上野 東京藝術大学[2008年3月29〜30日予定]運営参加者募集
イタリア生まれの政治哲学者にして、国境を超えたアクティヴィスト、アントニオ・ネグリ氏が2008年3月に来日します(財団法人 国際文化会館牛場記念フェローシップの招聘)。そこで私たち、氏の思想と活動に関心を寄せてきたアーティスト、アクティヴィスト、批評家、オルガナイザーを含む有志は、東京藝術大学来訪を機に、そのキャンパスを中心としたアートとディスカッションの饗宴を催したいと思います。
多くの方々が爆発的な創意をもって集まり、氏と共にそれぞれの空間を分かち合うことは、その世界的なレベルでの変革構想や理論作業についてのアカデミックな討議にも劣らない豊かな時となることでしょう。「マルチチュード」の定義不可能性こそ、実にこの言葉の最高の可能性です。単独の、そして一人でも多くの「雑なる人々=マルチチュード」の藝と動と理による参集を心から呼びかけます。
※実行/運営者として参加希望の方はこちらよりお申し込み下さい。
[ネグリとは誰か?]
ドイツでナチが権力を握った1933年、ヴェネチア西方の古都パドヴァの貧しい家庭に生を享けた彼は、第2次大戦直後、10代で民衆たちによる変革運動の渦の中に飛び込みます。そして60年代を迎えると、16世紀末にガリレオが教皇庁に抗してヨーロッパ中から集まった青年たちに動力学を教えたパドヴァ大学で、マルクスやデカルトの思想をエネルギッシュに摂取し、社会的「動力」として大胆に交配しながら、イタリアの「熱い秋」の真っ只中にいました。とはいえブーツの形をした国の「68年」は、ここからドイツやフランス、アメリカとも中国とも、もちろんこの日本のそれともまったく違う道を歩みました。
それまでの工場労働者たち中心の運動でも、警察との銃を握った闘いでもない、下からのルネサンスともいえるような「都市」を再創造していく運動〈アウトノミア〉が開始されたのです。くだらない労働を拒否すること、商品の値段や家賃を自分たちで決めること、空きビルに家のない者たちのコミュニティを創り出すこと、自由にラジオ放送を始めることーー。それはもうひとつの、無数の「68年」の継続だったのです。ネグリの思考はこの中で大きく飛躍し、人々がさらにジャンプしていくひとつの支えになっていきました。
[20世紀の道標]
しかしこれに対する国家の答えは、こうした「社会的発明」を「テロ」と名づけて「内戦」を開始することでした。79年、彼は首相誘拐暗殺事件の首謀者としての罪を着せられ、投獄されます。ところが83年には獄中から国会議員に当選し、ただちにフランスに亡命。憂鬱な「鉛の時代」に生きる私たちを驚かせることになったのです。以来、14年間をパリのフェリックス・ガタリの家で暮らします。そして、ジル・ドゥルーズやミシェル・フーコー、ジャック・デリダに接して対話を重ねながら、パリ第八大学や国際哲学院の教壇に立ち続けました。
しかし、彼は「現代思想最後の大スター」では決してない。世界中で日々沸き起こる民衆運動の気流を吸い込んで自らの思考を鍛え上げていく、ほとんど異例(アノマリー)の、しかし来るべき思想家たちの一人というべきです。アントニオ・ネグリはその意味で、私たちにとって20世紀のもうひとつの可能性を身をもって生きたひとつの「道標」なのです。
[ネグリはひとつのメディアである]
1997年、彼は再投獄を覚悟しながら、あえてイタリアの地を踏みます。弾圧された友人たちと共に20世紀の帰結を体に刻み込むことによって、21世紀へと新たに歩み出すためだったのです。そして裁判と服役、自宅軟禁の時間の中から、マイケル・ハートとの共著『帝国』と『マルチチュード』が生まれます。これこそ敗北の時代に疼く傷痕を超えて、世界の民衆に向けて交信を求める大きなメッセージでした。私たちは闘いと思考の絲によって織り上げられたこのテクストを自身の両手で受け止めたい。そして、地球的な叩き台=ジャンプボードにできればと思うのです。
つまり、「ネグリ」とは個有名を持った一人の人間であることを超えて、すでに私たちにとって巨大な「メディア」でした。この交通力は、ドゥルーズを受けた彼の思考そのものが呼び込んだもの。とすれば、この場所(非=場)こそが饗宴の舞台になるでしょう。
[マルチチュードかプレカリアートか?]
2003年に自由を回復してからの数年間で、彼は韓国や中国をいち早く訪れている。しかし、その先のこの国に足が向いたことはなかったといいます。
なぜか? 「つまらない」「創造的な闘いがなかった」からです。その通りでしょう。だが、「マルチチュード」という言葉がこの地でまったく無力なのも事実です。臆病なまでに移民を受け入れず、旗も歌もただ一つしかないこの国では、だからフリーターという名の「不安定階級=プレカリアート」を増殖させて、何の創造性もない仕事に奴隷のように使うしかない。
しかし、こうした事態はむしろ世界中に、ヨーロッパにさえ広がりつつあるのではないか。まさにここにこそ、今ネグリが遅れてようやくこの地、日本にやってくる逆説的な意義があるでしょう。「マルチチュードか、プレカリアートか?」という、カテゴリー破りのテーマがこうして浮かび上がります。
[シニシズムを突き破る]
「芸術は人間の全運動を先取りする。芸術とは、構成する力であり、革命の力なのだ」と、ネグリは言います。まさに彼らしい突き抜けたオプティミズム。ところが、「芸術は商品の全運動を先取りする。芸術とは広告する力であり、脱革命の力なのだ」というのが、私たちの日常です。このシニシズムとオプティミズムの裂け目を、どうやって突破するのか?
これが、ネグリの名において催されるこの饗宴の最大のテーマになることは間違いありません。
2007年9月(文責:実行委員会 平井玄、木幡和枝)
マルチチュード響宴2008・3・29/30
主催=東京藝術大学 美術学部 先端芸術表現科、同絵画科油画専攻、音楽学部音楽環境創造科、大学院 映像研究科
(実行委員長=木幡和枝、先端芸術表現科教授、実行委員=平井玄、坂口寛敏、毛利嘉孝,桂英史,田崎英明ほか)
実行日程=2008年3月29日(土)30日(日)
@東京藝術大学上野校地美術学部構内
共催=(財)国際文化会館(来日招聘元)、東京大学大学院情報学環・学際情報学府



